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wind-troupe/風組’s blog

斬新な形で宝塚にハマり、普通とはなんだか違う角度から宝塚を楽しむ竜宮子のブログ★小学校・野球、中学・バスケ、高校・ソフトボール、社会人・バレー/ボード/空手。車・バイクも好き。という、宝塚の「た」の字もない人生からの劇的な出会い★日々宝塚♪時々ただのアホアホ日記♪

ドラちゃんに捧ぐ歌

雨雲と競走して帰宅しました。
宮子です。

梅雨の合間の晴れの日。愛車の松風(通称:まっちゃん♪あ、バイクです。)で出勤。仕事を終えて会社を出るとポツポツと雨が。
しかしなんとか家に着くまではもってくれました。


さて…今日は…宝塚を無視して…長くなります…
(T-T)(T^T)(/´△`\)(/_;)/(;-;)(;o;)(ToT)

飼い猫のドラちゃんが帰ってこなくなって23日が経過しました。まだ受け入れたくない気持ちですが、気持ちを整理するためにもブログで語らせて頂きます。

ドラちゃんは17歳でした。人間でいうと83歳みたいです。
ここ1年は月1で病院に通っていました。注射をしてもらうと元気になって、それが切れてくると食べなくなって。
どこまで延命をするか悩んでいたところで乳性炎にもなってしまい、もう手術はできないので薬と自然治癒力に託すことに。

でもやはりダメでした。
猫は死に際を人に見せないと言いますが、本当にそうでした。外に行っちゃダメだよって言い聞かせていたんですけどね、自由に出入りできる我が家から出ていってしまいました。

ドラちゃんの兄弟や姪や甥達で早く亡くなってしまった子もいるので、それを思えばかなり長寿。天命を全うしたのではないでしょうか。
そんなドラちゃんとの思い出を語るには、ドラちゃんの父君・タマとの出会いから始めます。

小4の時、通学路のゴミ置き場から猫の鳴き声が。
友達と近づいてみると3匹の子猫達。ひとまず拾って1人1匹家に連れて行くことに。ウチに来たのがタマ。後にドラちゃんの父親になります。

我が家はそれまで飼うといえば魚類のみ。兄上が母上に内緒でハムスターを買ってきた時は、母上にバレないか私がハラハラ。
結局ハムちゃんはバレる前に兄上の友人の家へと去って行きました。

母上は「動物=汚い」でしたから、猫なんて絶対にダメ。タマを飼う許しなど出るわけもなく、どうしようかと悩んでいたところに朗報♪近所の幼馴染の家で飼ってくれることになりました!
タマは超絶ブサイクだったにも関わらず、幼馴染の家で深い愛情を受けて育ちました。

それから月日は流れて私が中3の春。
まだ猫を買うことを諦められない私は、近所の野良猫を見付け次第餌付けをしていました。なつかせて、気付いたら飼っていた状態作戦!
しかしそう上手くいかず、諦めかけていた時に来たのが初代ニャン太 (*´∀`)♪
私が牛乳をあげた翌朝から我が家の勝手口で、
「ご飯くれー!ご飯くれー!」
と言っているような鳴き声。シブシブご飯に鰹節をかけて差し出す母上。それが毎日になり、作戦通り気付いたら飼っていた状態(^^)v
ニャン太は顔も性格も可愛くて可愛くて、抱っこするためだけにニャン太がいる部屋に行ったり、たくさん写真も撮りました。

10ヶ月が過ぎ、また春の訪れに動植物がワクワクし始める3月。真っ白な猫がやってきました。
本当にキレイな子。でもよく見ると右手の先がなくなっていました。おそらくネズミ捕りか何かに引っ掛かってしまったのかと…
それを知って追い出すことなどできない、と母上。2匹飼うことになりました。

名前はそのままシロ。しかし2週間が過ぎた頃、私が帰宅すると母上が「チロちゃん♪」と呼んでいました。ん?
理由を聞いてみると、シロちゃんと呼ぼうとして噛んだ結果「チロちゃん」と呼んでしまい、滅多に鳴くことのなかったチロちゃんが「ニャー」と返事をしたそうです。だから母上勝手に改名。笑
まぁ、チロの方が可愛いからいいけど(^o^;)

チロは野良猫とは思えぬ美しさで、飼い猫だったのが手を失ったショックで帰れなくなっちゃったのかなぁと予想。
野良猫時代の空腹を満たしてあげたくて、たくさん餌をあげました。それをペロリのチーちゃん。よく食べる子だねぇ。

ちょうどその頃です。ニャン太が帰ってこなくなったのは。
オスなので「出てっちゃったのかなぁ、寂しいなぁ。元気に遊んでればいいけど。」そう思っていました。でも…

しばらくして、近所の人からニャン太らしき猫が轢かれていたと聞きました…
言葉にできない深い悲しみ。でも、いなくなってから数ヵ月経っていたこと、ご遺体を見てないので涙は出ませんでした。ただ、本当に悲しかった。

そんな中、チーちゃんに異変が!?
母上がボソッと、
「どうもチーちゃんが産気付いてる(*_*;)」
猫初心者の我が一族はアタフタするだけ。夜そ~っと覗きに行くと、すでにチーちゃんに似た白い子猫が一匹生まれていました!
ワーーーーーーーーーーーーーーーーー(°▽°;)

翌朝。
チーちゃんのベットには4匹の子猫。あれまー!

長男・もも 次男・ドラ 三男・ミミ 長女・トラ
の4人兄弟。母子共に健康。
私が名前を考えましたが、親友には性別を考えてつけろと言われました。笑
でも「もも・トラ」は絶対に付けたくて、鼻がピンク色なのがももちゃんしかいなくて、ミケ猫がトラちゃんしかいなくて(^o^;) 結果性別無視!
ミミちゃんもオスですが、子猫だと性別がわかりにくくて。なんか耳が大きいし、じゃーミミでいいや、と。笑
ドラちゃんはドラえもんに似ていたからです。しかも似ていたのはドラえもんだけではなく、小4の時に拾って幼馴染に飼ってもらっていたタマに激似!まるでタマの生き写し。笑っちゃうくらいソックリ!ドラちゃんの父は間違いなくタマです!

ということで、タマを拾ったからこそのドラちゃんとの出会いをでした。

そして子猫の殺人的可愛さに、誰かに譲る考えなど全くなく5匹飼っており、いつしか近所から猫屋敷と呼ばれるようになりました。

4匹は仲良しで、ご飯を食べるのも畑で遊ぶのもお昼寝するのも一緒。狭い段ボールにパズルのようになって寝ていました。

そんなこんなで1年が経とうとしていた春、まずチーちゃんのは避妊手術。続いて紅一点のトラちゃんも。
しかし、トラちゃんを手術に連れていかない母上。私が言っても濁して終わり。そうは言ってもこれ以上増えては近所迷惑になってしまう。母上に言い寄ると、
「女の子に生まれてきたんだから、どうしてもお母さんにしてあげたい…(T-T)」
とマジ泣きの母上。その姿に強行はできず。

数ヵ月後、トラちゃんも無事出産。
長男・さくら 次男・そら 三男・アトム 長女・めい
またも性別やや無視。笑
これで猫が9匹になり、一層賑やかになった我が家。お婆ちゃんになったチロちゃん、叔父さんになったドラちゃんは子猫に興味津々。親のトラちゃんより子育てをしていました。

その後、紆余曲折あって長男さくらが私の同級生の家へ行き、そらとめいが1歳を迎えることなく亡くなりました。

数年後にミミとアトムがオスの旅立ちで我が家を去り、約1キロ離れた民宿周辺で過ごしているとの目撃情報が入りました。父上から。
「前ウチにいた猫が○○にいたぞ。」
「まだ籍はウチに残してあるしっ!笑」
寂しさもありましたが、元気ならいいや!とそのまま放置しました。笑

その後5歳でももが亡くなり、チーちゃんは推定11歳、トラは13歳で亡くなりました。
残ったのはドラちゃんだけ。ドラちゃんがいなくなって…

いつもお昼寝をしていた縁側。そこに行くとドラちゃんの臭いがする。臭いだけが残っている。
買い物へ出掛けた時「ドラちゃんのご飯買わなきゃ」と思ってしまう。
ドラちゃんのトイレ付近、掃除機をかけた直後から砂が撒き散らされていたトイレ付近がずっとキレイなことに違和感。
魚を焼いて、端っこをドラちゃんにあげようと思ってもドラちゃんはいない。
いつでも出入りできるようにと、家の襖はいつも15㎝は開けていました。開けておかないと母上に「ドラちゃんが出入りできないじゃないのっ!」と怒られます。それが今は開けておく必要がなくて…

こういった習慣。これは、17年間この家でドラちゃんが生きた目に見えない証。それが今は…まだ悲しい。寂しい。

初代ニャン太から数えれば我が家に猫がいたのは18年間。考えてみれば私の人生の半分以上は猫がいました。
ドラちゃん以外の猫達との別れを幾度も経験しているのに、今回初めて感じたこと。「弱っていく姿を見たくない。もう飼いたくない(T-T)」

それでもドラちゃんと出会えて良かった。
私のお婆ちゃんが施設に入るまではお婆ちゃんと寝ていたドラ。お婆ちゃんがいなくなってからは私と。
いつも私の右脇を枕にして、私は右腕で抱きながら寝ていました。一緒に寝ていたのは冬だけでしたが、お互いにとても暖かく眠れました。さらにふと起きた時に見るドラの寝顔が可愛いくて可愛いくて、その瞬間がとっても幸せでした。

もちろん怒りたくなる時もありました。
何度ダメって言ってもマーキングするし。笑
何度止めてもファンヒーターに近付きすぎて焦げるし。部屋が焦げ臭いし。笑

でも色んな方面で大活躍だったドラちゃん。
甥や姪の子育て。怪我人ならぬ怪我猫の看病。病猫の付き添い、連れ戻し。母上の話し相手。⬅これが1番の大役。笑

17年間、本当にお疲れ様でした!
そして、たくさんたくさんの幸せをありがとう。
私があの世行ったらまた遊ぼうね!

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おわり